2011年6月1日

大阪時代(二七)

いくら恐い兄キでも引くだろう。その為には、目の前にいるコノ親達を味方に付けなければ。イヤこれは簡単だわ、何てたって、親父はその昔、まだ若い時分に鈴木伝明さんと云う、当時の二枚目俳優に弟子入りする為、長男の身でありながら、東京まで行ったという向こうみずな男。そこん処を、チョイチョイとくすぐれば手もなくOK!オカンに関しては、一杯飲ませりゃ即OK!

「好きな小豆島の醤油蔵」


なんて間に兄貴様の御帰宅。イヤ御帰宅じゃネーヤ部屋だ。御帰部屋!すると開口一番「オイ、サブ!良かったやんけ。オマエもなかなかヤルナー。 親父もオカンも聞いたか。まあ名古屋なんか近い所やし、こいつの為にも、最高の話やで!」
ここで頼れる母が、「あのなあヨッチャン(次兄の呼び名)!サブはこれを機会に東京行って、役者になる云うてるし、あんたも明日会社行った時に三郎と一緒にその専務さんに、訳を話して謝ってくれへんか?」俺は俯いて畳の目を読んでいるだけ。
勿論全ての神経は次にとられる次兄の行動。
といっても小生なんかと違い、これ位の事で手を出すような人間じゃない。しかしそうは解っていても、恐ろしいモノは仕方ない。 「どう出るか?」イヤもう切羽詰まって「いや違うねん。冗談やで冗談!」と云おうとして出た言葉。

石倉三郎