2014年6月1日

モチベーション

 松尾スズキ(劇団 大人計画主催)さんの仕事量は半端ではない。年に一本か二本オリジナルの舞台の脚本を書く。その他に、依頼された芝居の脚本、演出、批評やエッセイ。役者としても演じるし、時には映画まで監督する。
このエッセイの月一回の連載だけでも苦労している僕には、まったく信じられない。
松尾さんに会うと、必ず尋ねることがある。「何でそんなに仕事出来るの?。松尾さんのモチベーションって何?」と。
すると、「橋口さん、僕より凄い人がいますよ」と松尾さんは答える。「誰?」と聞くと、「野田秀樹」と返ってくる。すると、妙に納得して「あ〜」と頷いて終わる。そんな事が何回かあった。
その事をリリーさんに話すと、「橋口さん、マドンナは凄いよ」と言う。みんな知ってる世界の大スター、マドンナのことである。「何が?」と聞くと、「You-tubeにツアーの動画があるから見てごらん」と勧められた。
何年の世界ツアーか忘れたが、マドンナが、バカなティーンエージャー然とした扮装で、おもいっきり股を広げて踊っている動画を見つけた。50才を過ぎても、まっすぐに足を上げて踊れる人間が、ガニ股でダメダメな素人風に踊っている。それを見たときに、「マドンナ闘ってるなぁ」と思った。元々、セックスのイメージを売ってきた人だけど、「オラオラ、どうせお前ら股の間見てぇんだろ!」ってな感じで挑発している。
どうして、そんなに世界と闘えるんだろう?。
お金は一生分以上稼いだ。名声もある。今更、ビルボードの1位をとるために血眼になる必要もないだろう。それなのに、何故?。そのパワーはどこからくるんだろう?。
リリーさん曰く、「怒ってるんだよ」。そうか、怒ってるのか。それなら分かる。
 僕も怒ってる。この数年間、毎日、怒ってる。それは、人だったり、人の世界にあるどうしても許せないことだったりする。
 日曜になると、自宅によく宗教の勧誘が来る。インターホン越しに「あなたの怒りを鎮めるお手伝いをさせていただきたい」と優しそうな(うさん臭い)声がする。放っといてくれと思う。怒り続けることはパワーがいるし疲れる。毎日、平穏な気持ちで過ごせたらどんなにいいかと思うけど、この怒りを手放す必要はないと思う。また、持ち続けなければとも思う。怒ってみても、どうしようも出来ないことのほうが多いけど、「しょうがない。別にいいや」と思ってしまうと、自分の中の何かが死んでいくような気がするからだ。
 もちろん、怒りだけが、創作や生きていくモチベーションと言うわけではない。
『ぐるりのこと。』の撮影時、2か月の撮影の間に10キロ体重が落ちた。当然、体力も落ちるし、体力が落ちれば集中力もなくなってくる。撮影終盤の法廷場面のセット撮影の頃には、何かにつかまらないと立てないようになってきた。
日替わりでゲストの役者さんが来る法廷場面は、重たいしただでさえ気も体力も使う。毎日、短編映画を撮ってるようでヘトヘトだった。
 その日の午後は、犯人役で加瀬亮君が来ることになっていた。朝から休む暇なしで、「お願いだから少し休ませて」と思っていたら、もう加瀬君がセットにやってきた。
「うわ、加瀬君来ちゃった。まあ、ちょっとだけテストやって、何かやってる振りで休もう」などと思いながら、テストを始めた。「ヨーイ、スタート!」。加瀬君が芝居を始める。
 見ている内に、体の奥から力が湧き出してくる。「面白い!」。もう、それからは、ノンストップ。元気いっぱい難しい場面を撮りきった。
その夜は、宿に帰り床に入ってからも興奮して中々寝付けなかった。それまで、何かにつかまらないと立てないほどだったのに、早く次の撮影を始めたくてウズウズしている。
才能のある役者やスタッフと向き合うことで、こちらが予想もしなかったような素晴らしい何かが生まれてくる。ベッドの中で心地よい疲れと高揚感を感じながら、「ああ、これが映画という仕事の喜びかもしれないな」と思った。