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霊体験2021年09月06日

 大阪芸術大学の周辺には古墳群が点在し、近場では遣隋使として有名な小野妹子の墓もあった。すぐ裏手の竹林には首塚もあって、定食屋に行くときの通り道にもなっていたから、いつも足早に通り過ぎていた。
そこに、平屋の農家があって友人の佐木(仮名)が先輩と二人で住んでいた。八畳二間、六畳二間、広い土間の台所に五右衛門風呂に庭付き。家賃二万円という当時でも破格の値段だった。佐木は、霊感があると普段から口にしていて、「家は子供の霊がでるんだよ」と笑っていた。怖いもの見たさで仲間たちと初めて訪ねたとき、家中にお札が貼って合って妙に納得した。
3回生になろうかというとき、佐木が引っ越すというので、僕と太田(仮名)が後を引き継いだ。怖さより、二人で家賃二万という誘惑に勝てなかった。
僕は洋間の六畳に。太田は、土間を挟んだ離れの六畳に部屋を取った。引っ越してしばらくすると金縛りに合うようになった。テレビの心霊番組でタレントが金縛りをよく口にする度に眉唾と思っていたし、佐木も会う度に「金縛りにあって寝てないんだよ」などと笑っていたのでネタのように受け取っていた。

 ある夜、就寝中に誰かが入って来る気配があって、「ああ、また太田がイタズラに来たな」と待ち受けた。絨毯を踏む足の音が耳元まで近づいたと思ったら、途端、胸がぐ~っと重くなって体が動かなくなった。「これが金縛りか!」とパニックになっていたら、別の友人が遊びに来てドタドタ部屋に入ってきた。瞬間、自由が戻って助かった。
それから夢を見るようになった。学生服を着た少年が手招きをするので付いて行くと、そこは墓場で、血の付いた墓石が倒れている。佐木が話していた子供をすぐに連想したが、なるべく考えないようにした。
そのうち、太田が妙なことを言うようになった。
「天井で人が歩いてる音がするんだよ」。
「二階なんてないじゃん。気のせいだよ」と笑ってやり過ごしていた。

 ある夜、自主映画用の小道具を自室で作っていた時。自室の洋間は、和室からの簡易なリフォームで、ドアも非常に重く、開閉にも力がいった。確かに閉めて作業をしていたはずが、ふと見るとドアが開いていた。「あれ?、確かに閉めたのに」と思った瞬間、壁に掛けていた針金のハンガーがガランガランと大きく揺れた。窓も閉めていたし風が吹こうはずもない。
「やめろ!。俺は忙しいんだ。遊んでやらないんだからな!」と怒鳴った。以来、家の中を移動するときは、「今から台所いくからな。遊ばないからな」などと大声を出して怖さを打ち消した。

 自主映画に出演してくれていた女の子と自室で話していた時、農家の納屋の話しになった。母屋に併設した納屋には、藁が山と積まれていて、屋根裏にも行けるように梯子がかかっていた。「ハイジ(アルプスの少女)みたいだね。行ってみよう」ということになり、二人して行くことにした。梯子を登ると屋根裏にも藁がびっしり積まれていた。「わぁ、本当にハイジみたいだ」と盛り上がっていると、何か奥の暗がりに灯りが見える。目を凝らすと泥壁が壊れていて、その奥に空間があるようだった。
恐る恐る近づいて、空いた穴から中を覗いてみると、わずか一畳間ほどの畳敷きに、火鉢がおいてあり、毛筆で何かを書きなぐった半紙が床一面に散乱していた。二人共、「ギャー!」と声を上げ、転げ落ちるように部屋に逃げ帰った。
その天井裏の部屋は、昔でいう座敷牢のようなものだったかもしれない。そこは、太田がいた六畳間のちょうど真上にあった。「人が歩いてる音がする」と太田が言っていたのはこのことだったのかと合点がいった。もしかしたら、夢で見た子供がいた部屋かもしれないと思うと背筋が震えた。
しかし、その農家を出て大阪を離れてからは、金縛りとも一切無縁な生活を送っていた。

それから数十年。ある犯罪被害に合い、お金も使い果たし、精も根も尽きてぼーっと絶望を眺めるしかなかった夜。部屋の中で「パシーン!パシーン!」という大きな音が鳴り響いた。日常の生活では一度も聞いたことがない音である。その瞬間、「あ、ばあちゃんが来た」と何故かすぐに思った。母方の祖母とは、中学の頃に両親が別れてからは疎遠で会っていなかったにも拘わらずにだ。
音がしている間、「こんな情けない姿を、ばあちゃんに見られてるのか」と宙を見ているしかなかった。「亮輔、しっかりせんね!」と怒られていたのかもしれない。
その明け方、親戚からの電話で起こされた。ばあちゃんが死んだという知らせだった。「ああ、やっぱり」と全く驚かなかった。
その時の僕は、葬儀のために帰省するお金もなく、気力もなかったので、多忙を理由に何とか出席できない言い訳をして電話を切った。祖母の葬儀にも出れない。「俺は人としてもう駄目になった」と思った。
「ごめんな、ばあちゃん」と謝った。自分が情けなくて仕方がなかった。

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