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映画『恋人たち』2015年10月1日

 黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』のDVD特典で、制作の裏側のドキュメントを見ていたら切なくなった。数々の厳しい制約の中で、日本人スタッフは6名。美術セットは、エキストラとして駆り出されたロシアの兵隊が見よう見まねで作る。おまけにシベリアの自然相手の撮影と何重苦が重なって監督の体力、精神力を奪っていく。そんな思いまでして、あの力作を完成させる。
黒澤監督は、何を思って制作を続けられたのだろうか?。
 黒澤監督の作品群は、作り手なら誰もが驚嘆し羨望を感じるような作品で占められている。『七人の侍』一つとっても、「こんな映画が撮れれば死んでもいい」と思わない映画監督はいないのではないか?と思うほどの凄い映画である。そんな監督が、『赤ひげ』という巨大な傑作以降10年に渡り不遇な時間を過ごすことになる。
「これだけの作品を作ってきた自分が、何故こんな不遇な状態にあるのか?」。黒澤監督も思われたに違いないと察する。それでも歯を食いしばって『デルス・ウザーラ』を完成させるんですね。
こんな話を持ち出して、黒澤監督に私を重ねて例えるのも不遜というものだが、やはり自然とこの自らの数年間を重ねて考えずにはいられなかった。
 11月公開の新作『恋人たち』は7年ぶりの長編となる。『ぐるりのこと。』以降の悪夢のような数年間をここで語ってもいくら紙面があっても語れないのでやめておく。その一旦は、『恋人たち』の主人公アツシの姿に投影しているので、後は見た方の想像にまかせる。
ただ、人生を踏みつけにされる目に合い、その後数年間、僕の心の中には憎しみと悲しみしかない時間が続いていた。自分の半生なんて何度振り返ったか分からない。
「映画に殉じて生きてきて、きちんと評価も得てきた。にも関わらず現在の状態はどうだ?」。そんな繰り言の連続の末、愛だの希望だの言って映画やってるのもすっかり馬鹿馬鹿しくなってしまっていた。
この先、どうやって生きていくか?。糧を得るには映画しかない。しかし、何を拠り所にして物創りが出来るのか見い出せない。出口のない暗いトンネルの中を一人でさまよっているような時間が続いた。
 映画の中で、主人公が携帯の登録リストの名前を見ながら「昔、友達だったこの人たちは、今も友達でしょうか?」と独白する場面があるが、あれは完全な僕の実話である。
それまでの絆も全て無意味に思える中、『恋人たち』のプロデューサーでもある松竹映画の深田プロデューサーだけが僕の手を離さずにいてくれた。
 僕の口から出る言葉は恨み言ばかり。そんなうっとおしい奴の部屋に、深田さんはよく辛抱強く通ってきてくれたと思う。そして、「橋口さん、映画を作りましょう」と繰り返し言ってくれた。
橋口さんに立ち直ってもらうには、とにかく作品を作ることでしか成し得ないと思われたのだと思う。しかし、それが分かっていても、当の本人は「愛だの希望だの言って映画なんかバカバカしくてやってらんない」と思っている。そんな人間の作るものなんて誰が見たいと思うだろうか?。
思案した深田さんは、「すぐに映画は無理かもしれませんが、ワークショップやりませんか?」と提案してきた。それが、この『まっすぐ』の連載にもあるワークショップの体験へと繋がったのである。
そこで、今回の映画の主演にもなる、篠原篤、成嶋瞳子との出会いもあった。そこから、少しづつ少しづつ、世界と人との絆を取り戻していく日々が始まったのだ。
 今回の映画は、今までの作品との距離感が少し違っている。今までは、自分にとって必用だからと自分の想い優先で作ってきたように思う。しかし、今回は、作る理由が自分ではなく他にあった。
それは、深田さんと、松竹ブロードキャスティングの小野プロデューサーへの恩返しである。小野プロデューサーは、『恋人たち』のプロデュースにも尽力してくれた。
この二人が居なかったら、僕は、今こうしてエッセイなど書ける状態にはいなかったであろう。
ワークショップから映画を作ろうという今回の企画が進む中で僕が思っていたことは、この二人に喜んでもらえるような映画を作ろうと。二人が、胸を張って「これ僕が作ったんだよ」と言えるような作品を作ろうということである。
僕には、他に何も出来ない。お金もない。いい映画を作ることでしかお返し出来ないので。
それが、今までの作品との距離感が違う理由だろうと思っている。

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