監督プロフィール
『ドール』という世界がある。インバウンドで外国人観光客で賑わっていた頃、アニメ、マンガ、コスプレなどの日本(アキバ)文化の一つとして、マスコミにも度々取り上げられることがあった。カスタムドール、スマートドールなど様々な呼び名があるが、完成されたフィギュアと違い、素体と呼ばれる様々なパーツを組み合わせて自分好みの人形を作り上げることができる、とマスコミで盛んに紹介されていた。しかし、実際には素人でも子供でも気軽に作れるようなプラモデルとは違い、プロのモデラ―に人形の製作を依頼しないことには成立しない非常にお金のかかる趣味の世界だ。
ドールに初めて出会ったのは数年前。全身タイツ愛好家の取材の為にある六本木のバーを訪れた際、そこで偶然カウンターで隣り合った男性がいた。30代中盤くらいで三つ揃いのスーツを着た隙のない感じの男性は、おもむろに白い手袋をすると楽器ケースのようなものの中から金髪でビロードのドレスを着た少女人形を取り出した。そして、まるで人間を扱うような丁寧さで自分の隣りの席に座らせて普通に飲みだした。聞けば自宅に12体の人形がいて、仕事から帰宅すると、ガラスケースから一体ずつ取り出して着替えをさせ髪をとかしてお世話をするのが日課だという。その時は別の取材だったので深入りはしなかったのだが、トップライトをその金髪に受けて光に包まれた人形が、まるで人間のような存在感で座席にいる不思議な光景がずっと頭に残っていた。
昨年、久しぶりに30分のドラマを撮ることになった。原作はあるが内容的な自由が許されたので、その『ドール』の世界を扱うことにした。そこで、内情に詳しく自らもプロのモデラ―で人形造形師であるA氏に改めて取材させて頂いた。
A氏「そもそも『ドール』の普及は90年代初めから、デジカメとSNSの普及と相関しているんです。SNSのために『ドール』をやっているともいえる。通常は自分の写真は載せず、SNS上でいかに《映える(ばえる)》ドールの写真を載せるかが命です」
純粋な人形愛好者が増えたわけではなく、自己表現の発露としての『ドール』とは意外だった。
A氏「《映える》ドールを作る人形作家には当然人気が集まります。また作家のルックスも大事です。人気作家の衣装を着せてインスタに載せる。するとマニア同士の競い合い、攻撃のやり合いが始まる。そして、その作家もすぐに人気が入れ替わる」
「地獄じゃないですか」と笑ってしまったが、A氏は続ける。
A氏「そうです。衣装だけで100万はザラです。のめり込む人は、人形や衣装を買っては売るを繰り返す。高いものほどいいと思っているので、金額が上がるほどのめり込む。そのままいくと破綻が待っています。しかし、意外に人形に価値を置く人は少なくて扱いが雑なんです。橋口さんが出合った紳士のような人は特別だと思います」
こう聞くと殺伐とした世界の様に思えるが、「人形が可愛い」「写真を撮って楽しい」という初心者の気持ちを持ち続ける人も多いということも補足しておく。
A氏「ドールには自分のセンスが凝縮されています。裕福な子ほど体が欠損した自虐人形を。不幸な人は笑顔の人形を集める傾向がある。例えば、一部のマニアにはリストカット者もいます。ある裕福な家の少女で、並みのアイドルなんて目じゃないくらい可愛い子がいました。その子は胸を十字に切って、あえて胸の開いた服を着て傷口を晒していた。こと更、自分は大きな傷を持っていることをアピールする。そのようなタイプの人が持つ人形は、痣があったり体が欠損していたりするものが多いんです」
その人の自意識がそのまま人形に反映されるというのは実に興味深い。何故そんなことが起きるのか聞いてみた。
A氏「ドールは自我と密接な関係にあります。《重いものを持っていたい》という願望からアイデンティティの偽装が行われるんです」
自傷せずとも、人形を傷つけることで『私は傷を負った人間』或いは『複雑な内面を持った人間』という偽装をして自分を特別な存在に見せるというのである。
またA氏が開くドールの衣装作りのワークショップを受講する人の中にはLGBTを偽装する男性も散見されるという。アメリカでも、黒人やネイティブアメリカンの血を引いてると偽装した大学教授や政治家が非難される事案があった。空っぽな内実に人種や性差、被害者というポジションをとることで自分の社会的、政治的な《価値》を上げるために自我を偽装するのである。
かつて『ターンエーガンダム』のデザインを担当したシド・ミード氏は「ロボットは人の心の容れ物だ」と論じたというが、『ドール』の世界はまさに人の自我の映しであり『心の容れ物』だった。
これと関連する話は、過去の本連載の『ゼンタイ』で人間の自意識の不思議に触れているので併せて読んで頂きたい。
ちなみに、このドールを題材にしたドラマは30分のシリーズの中の一話で、関西MBS他で6月より放送・配信されるのでぜひご覧ください。
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