2015年11月1日

映画『恋人たち』の俳優たち

 たまに色紙に一言書いて欲しいと求められることがある。ありがたい人生訓のようなものは何一つ思い浮かばないので、う~んと困っていると、「何でもいいです。好きな言葉でもいいです!」と大抵の場合はおっしゃってくる。
好きな言葉って言われても、まさか『筋肉』と書くわけにもいかない。そこで、ある時、自分が一番好きな言葉って何だろう?と本気で考えたことがある。
『男』『大胸筋』『祭』と色々思い浮かべながら、ある言葉ではっとする。
そうだ!、『コラーゲン』だと。スーパーやコンビニで様々なお菓子屋や飲み物にコラーゲンの文字があると瞬間的に目がいってしまう。コラーゲンには、万病に効く特効薬のような、魔法のような響きを感じる。『ヒアルロン酸』『プラセンタ』も中々いい勝負だが、やはり『コラーゲン』には敵わない。
「俺が世界で一番好きな言葉は〝コラーゲン″だと分かった!」と、リリー・フランキーさんに話したら、リリーさんには、フライドチキンが大好きな友人がいるという。三度の食事はフライドチキンで、余りに好きすぎて、「フライドチキンになってしまいたい!」と思うほどだとか(笑)。さすがに僕は、コラーゲンになってしまいたい!とは思わないが・・。
 そういえば、僕は何に成りたかったのだろうか?と思う。今でこそ映画の仕事をしているが、映画監督に成りたいなんてこれっぽっちも思っていなかったのに、もう20年以上映画の世界にいるのだ。
 人は、みんな何かに成りたいと願う。映画『恋人たち』では、十代~四十代までの〝役者″に成りたいと願う人たちとともに作った。
事前のオーデションも兼ねたワークショップには、200名から絞り込んだ40名近くが参加した。
中には、過去に話題になった映画に出演したという虚栄心を振りまいてアーティスト然と振舞う者や、自分の芝居にも容姿にも全く自信のない素人同然の者が、精一杯気持ちを張り詰めている姿もあった。
 ワークショップでは、いつもやってもらうことがある。それは、自己紹介だ。何を当たり前なことを、と思われるかもしれないが、「〇〇事務所から来ました。好きな色はピンクです」みたいな情報を伝えるだけのものではなく、〝自己″を紹介して欲しいと伝える。
すると、自分の半生をダラダラ語ったり、過去のトラウマを涙ながらに語る者もいる。でも、こちらに何も伝えることが出来ない人がいる。
いかに自分という人間の輪郭、人生の時間のどのポイントをつまんでくるか。これは役者のセンスであり才能である。それは、ある役柄を演じる場合、その人物の何を掴んで演じるかということにも通じる。
〝自己″紹介がユニークで面白い人は芝居も面白い。これは、100%比例する。
 『恋人たち』で主演を務める篠原篤は、不器用で引き出しも少ない未熟な役者である。しかし、彼には役者として最も大切な才能があった。自分の心で思った感情を何の飾りもなくストンと目の前に出せること。そして、受け手である我々の心に素直に届けることが出来る。リリーフランキーさんも、そういう天の才がある人だった。
これに、テクニック(上手さ)が加われば役者は最強だろう。
 今回の映画では、大ベテランの俳優から、中堅でバリバリ活躍する俳優、ずぶの素人まで、様々なキャリアの人たちがいた。本当に役者という生き物の見本市のようだった。
撮影をしながら、役者って何だろう?、演技って何だろう?と考えることもしばしばだった。しかし、そんな撮影中にあって、まっすぐな気持ちが人の心を貫く瞬間というものを何度か目にすることが出来た。そういう美しい瞬間に立ち会えること。それは、演出することの、役者と向き合うことの、そして映画を撮ることの喜びであると思う。
果たして、彼ら出演者の中から何人が、〝役者に成りたい″という願いを叶えることが出来るだろうか?。
 映画の宣伝で、小説家の高橋源一郎さんのラジオに出演させていただいた。高橋さんとは実に25年ぶりの再会だった。僕が、ピアで賞をいただいた時の審査員が高橋さんだったのだ。
映画の話をする中で、先の〝自己紹介″の話をした。すると、高橋さんは、「そうか、橋口くんは、ずっと映画で自己紹介してるんだね」とおっしゃった。
僕は、「あ、ほんとにそうだな」と腑に落ちた。今更だが。
僕が成りたかったもの。それは、自分だったのかもしれない。