2015年5月1日

尊敬する人

 学生の頃読みあさった映画の本の中には、有名な俳優や映画人の伝説的な逸話などが書かれていることがあった。例えば、巨匠ジョン・フォード監督が、『わが谷は緑なりき』を作った時はこうだったとか、スタッフからは大変尊敬を受けたとか書かれていると、「そうか、監督になるには人から尊敬されるようにならなければ駄目なんだ」と真面目に考えたものだった。とてもじゃないけど、自分はそんな立派な人間にはなれそうにないけど、せめてちゃんとした大人″になりたいと漠然とだが思うようになった。
世間一般で使われる「大人になりなさい」は、「利口になりなさい」「上手く立ち回りなさい」的な意味でよく使われるが、そういうんじゃないモノになりたいと思っていた。
じゃ″ちゃんとした大人″がどういうものか?、自分がそうなれているのか?、本当のところは分からないままだけど。
 自分のことは置いといて、映画の世界には僕が尊敬する方が二人いらっしゃる。
お一人は、録音技師の斎藤禎一さん。初めて技師として一本立ちしたのは、市川崑監督の『獄門島』だと聞く。以来、監督の最後の作品まで携われた他、僕の『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』とご一緒させていただいた。
斎藤さんは、人間的にとても素晴らしい方で、現場でも常に冗談を言っては場を和ませる。斉藤さんがいるだけで、現場に安心感と活気が出る。何より一番驚いたのは、『渚の〜』の長崎ロケの最終日でのこと。ラストの浜辺の夜間撮影の日、長崎は台風のど真ん中。海は荒れて同時録音など無理だろうと思われたが、完成したものを見ると、見事に静かな浜辺でのやりとりになっている。どんな状況になっても慌てず騒がずきっちりと自分の仕事をこなす。「ああ、これがプロなんだな」と思わせてくれた方だ。
しかし、数年前に撮影中の事故に合われて引退されて、もうお仕事出来ないのが本当に残念でたまらない。
 もうお一人は、照明技師の矢部一夫さん。日活で『幕末太陽伝』などで知られる川島雄三監督の作品から、森田芳光監督、伊丹十三監督の作品など400本近い作品を手がけられた方である。僕の作品は、『渚〜』『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』と続けてお願いしている。
すごく洒落っ気のある方で、斉藤さんと同じく常に全体のことを考えて下さる。僕が、現場で悩んでいたり、予定とは違う場面を撮ろうとして言い渋っていたりすると、すぐに察して「監督、どんな風に撮ってくれてもいいように照明はやるから」なんて声を掛けてくださる。
「監督を見てるとさ、森田芳光が『家族ゲーム』を撮った頃を思い出すんだよ。頑張って欲しいんだよ」なんて若い頃に言っていただいた。
『ぐるり〜』の打ち上げの席で、矢部さんが「監督、変わったね」と声を掛けられた。僕は,ドキッとして「何がですが?」と聞いた。すると一言「プロになった」と笑顔でおっしゃった。自分が本当のプロだなと思う方に認めていただいたのが何より嬉しかった。
いつか潤沢な予算の作品で、思う存分照明の腕を振るっていただきたいと思っていたが、矢部さんも引退なさって後輩の指導に当たられていると聞いた。
現場の仕事をしていると、お二人のことをよく思い出す。プロって何だろう?、仕事って何だろう?、大人って何だろう?と。
何度も書いているが、嘘や虚勢で自分を誤魔化す事なく自分の仕事をきっちりとこなす。それが何より正しい事なんだとあらためて思う。