監督プロフィール
今夏、7月12日に全国劇場公開される映画『お母さんが一緒』は、松竹ホームドラマチャンネルの枠でドラマを作るという小さな始まりだった。しかし、いざスタートしてみると何気に贅沢な作品になった。ダメ元で出演依頼した江口のりこさんをはじめ、内田慈さん、古川琴音さん、ネルソンズの青山(フォール勝ち)君といった、超売れっ子の面々のスケジュールが奇跡的に合い出演が決まったことも大きかった。
主演の江口のりこさんといえば、現在、映画、ドラマ、舞台と大活躍している姿は衆知のことと思う。
江口さんとは、‘08の『ぐるりのこと。』で初めて仕事をした。木村多江、リリー・フランキー演じる夫婦喧嘩の最中に怒鳴り込んで来る隣人の役どころだ。台本を見かえしてみると「静かにしてくれません!」の一言。今回、再会した際に「良く(仕事を)引き受けたね」と江口さんに聞くと、「怖かった。主演の二人の空気を自分が邪魔しないか心配だった」と当時を語っていた。
撮影当日、その場でやり取りを指示して、木村さん、リリーさん、江口さんがほぼアドリブでぶつかり合う。瞬間、空気が破裂するような緊張感ある場面になった。以来、江口さんには揺らぐことのない信頼感を持ちながら、その後の活躍を拝見していた。
人気女優となった江口さんとの久しぶりの再会は少し緊張した。もし女優然として現れたらどうしよう?。でも、その心配は無用だった。僕が役柄に関して説明をしながらチラッと江口さんを伺うとニターっと笑っている。口には出さないが事前のリハーサルを誰よりも楽しんでいる様子で、「お芝居が本当に好きなんだなぁ」と感じこちらの気持ちも入りなおした。
今回のこの作品で、印象的且つよく撮れたかなぁと思う場面がある。終盤、江口さんが母へのプレゼントのストールにアイロンを掛けながら鼻歌を口ずさむ場面である。
昭和歌謡でもあり、ロシア民謡の『赤いサラファン』という母が娘を想う唄である。
口うるさいが娘を心配する母と、それを疎ましく感じ反発する娘。それは、本作の物語にも重なって、おそらく母が口ずさんでいた唄を聞いて育った江口さん演ずる長女が、鼻歌を唄いながらだらしない妹のブラウスにアイロンを掛けている。日頃、妹にはきつい言葉を投げかけ喧嘩ばかりしているようで、陰になり日向になり支えになっている。その姿が、そのまま主人公たちの母の姿にも重なる場面である。その辺を、江口さんはよく呑み込んで演じてくれたと思う。
その場面を見ていると、不思議とこちらの記憶が呼び起された。
「何だかんだ言っても、自分は両親に守られていたなぁ。ひもじい思いしたこともないし、あれ買ってこれ買ってと言わない聞き分けのいい子供だったけど、マンガもプラモも持っていたもん」
おそらく、この作品をご覧になる多くの方がご自分の家族の記憶と対面されるのではないだろうかと思う。
2001年、初めて山田洋次監督と対談した。その折、監督から聞いて印象に残った話がある。
「いやぁ僕はね、黒澤明の『七人の侍』のような活劇が撮りたかったんだよ。でも、松竹に入社してみたら、小津安二郎が天皇でね。大船調だとかいって、家族のドラマとかメロドラマばっかり撮ってる。つまらないなと思ってね。そのうち自分が『男はつらいよ』を撮ることになった。あれはね、寅が旅先でマドンナに出合って恋に落ちる。でも、上手くいかなくて柴又のとら屋に帰ってくる。そこには、おいちゃん、おばちゃん、サクラにヒロシ、隣のタコ社長がいて、なんだかんだ揉め事が起きて、また寅が旅に出る。寅一人だと話が前に進まないんだよ。でも、とら屋の家族の中に寅を放り込むと話が転がっていく。その時に分かったんだ。そうか、物語の中心には家族があるんだなと。自分が『男はつらいよ』をやって初めて分かったんだよ」と。
今回の『お母さんが一緒』は、ご覧になった方々が、世辞の感想を言うより先に、ご自分の家族の話をされる。
「母の痴呆がはじまって、長年のわだかまりをぶつける機会を失ってしまった」
「両親への整理出来ない感情を姉妹で共有したいのに、姉はまったく無関心なんです」
「嫁が三姉妹で。お祝い事の度に喧嘩が始まるが、次の瞬間にはケロッと笑っている。間に入って気を揉む私は何なのか?(苦笑)」
普段は胸の内にしまっている独白を聞きながら、誰しも心の真ん中に家族があるんだと感じた。僕は、それがいいなぁと思っている。観た人の琴線に触れた証だからだ。
実は数年前から江口さんに出演してもらおうと準備していた映画があった。もし実現したなら、色々なアイデアを江口さんにぶつけて何が返ってくるのか想像して楽しくなる。でも超多忙の江口さんのスケジュールとれるかなぁ?(笑)。
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